ネルソン・ピケJr.、F1復帰への道を自ら閉ざす

2011年03月03日(木)

元ルノーのネルシーニョことネルソン・ピケJr.が、F1への扉を自ら閉じた。

わずか1年半というピケJr.のF1キャリアは2年前、汚辱にまみれながら終わりを告げた。当時のチーム責任者フラビオ・ブリアトーレに首を切られ、のちに「クラッシュゲート」と呼ばれるスキャンダルのきっかけを作ったのだ。

クラッシュゲートとは、2008年のシンガポールGPの際、当時ルノーのエースドライバーであったフェルナンド・アロンソ(現フェラーリ)を勝たせるため、ブリアトーレらチーム首脳がピケJr.に対し、意図的にクラッシュするよう指示したものだ。

実際に2008年のシンガポールGPでは、アロンソがピットストップを終えた直後にピケJr.がクラッシュしてセーフティカーが出動。この状況を最大限に利用したアロンソがレースに優勝した。

ピケJr.は、『O Estado de S.Paulo(オ・ エスタード・ジ・サンパウロ)』紙のインタビューに答え、その後、F1残留に向けて多少は動いていたと次のように打ち明けた。

「実は、トヨタを買い取った男と話をしたんだ」F1から撤退したトヨタの資産を部分的に買い取り、チームを立ち上げようとしたセルビア人、ゾラン・ステファノビッチのことである。

「バーニー(エクレストン/F1最高権威)も手助けしてくれたよ。彼(ステファノビッチ)とは新年まで話し合った。彼は真剣だと考えたからね」

「でもその後、僕はこう思ったんだ“ちょっと待てよ”と。僕の夢は、華やかなF1に身を置くことじゃない。正しい道を選んでチャンピオンになることだ。それはかなわなかったけどね」

それでも、いつかはF1に帰ってくるのか。ピケJr.はこう話す。「物事はとても複雑だよ。たとえミハエル・シューマッハ(メルセデスGP)みたいな人でもね。考えてみると、簡単なことじゃない」

「復帰しても、また同じゴタゴタや政治に巻き込まれたいと思うかい? 答えはノーだ。F1はTVで見て楽しむものだよ。僕はNASCAR(アメリカの最高峰レース)のことしか頭にないよ」

当時のチームメート、フェルナンド・アロンソはクラッシュゲートに関与したのだろうか。ピケJr.の結論は、こうだ。「いいや。起きたことに対して、彼の責任はないよ」

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