F3世界一決定戦のマカオGPを4位で終えた全日本王者の関口雄飛(ミュッケ・モータースポーツ)が、「これが世界の壁だと思います」と戦いを振り返った。
世界各国のF3上位が集まるマカオGP。関口もこのレースでトップを争うのが夢だったと自身の公式ウェブサイトに掲載したレポートの中で明かした。そしてレース中に関口は、一時2番手も走行しながら「勝てるかもしれない!」と考えていたという。これまで夢見ていたマカオでのトップ争いが実現したことについて、関口はこう語った。
「15周の決勝レースの間、自分でどこをどのように走って誰とどのように抜いたり抜かれたりしたのかあまりおぼえていません。途中からモニター映像に走行シーンが映るようになり、リスボアコーナーなどでまわりのクルマと競りあったシーンが数多く映ったと、レース後に聞きました。世界舞台で自分の走りを印象付けることができ、自分の自信になりました」
スタート直後に順位を上げた関口は、セーフティカー導入からのレース再開のタイミングなどもうまく利用し、着実に順位を上げる。10周目には2番手まで浮上していたが、このころからタイヤの状態が厳しくなっていたという。その後、表彰台圏外の4番手まで後退したところで、セーフティカーが出動し、そのままレース終了となった。
「ここは世界のフォーミュラ3選手権の上位ランカーが集まるレースです。簡単ではありませんでした。エンジン、車、ドライバーすべてがそろわないと勝てません。せめて表彰台にはのぼりたいと最後まで踏ん張ろうとしましたがかないませんでした。これが世界の壁だと思います」と関口は振り返っている。
しかし関口は、今年の全日本F3で王者になりながらも、所属チームがマカオGPに参戦しなかったため、直前になってもマカオGP参戦が決まらない状態だった。そんな状態からの参戦実現には、舞台裏で調整を続けた関係者やスポンサー、そして何より、ファンからの応援というサポートがあった。関口は、次のような感謝の言葉でレポートを締めくくっている。
「参戦できる保証もない状態で、走りたいという気持ちだけでヘルメットとスーツをもってマカオまでやってきました。水面下で最後まであきらめずに動いてくれていたマネジャー様、僕をチームに紹介してくださった主催者のバリー・ブランド様、少ない時間のなかでクルマを仕上げてくれたミュッケ・モータースポーツのみなさまに感謝いたします」
「ご支援をいただいたスポンサー各位様に深く御礼申し上げます。優勝はできませんでしたが精一杯やりました。またファンのみなさまからの応援にも励まされました。ありがとうございました。これからのことはまだわかりませんが、今夜はチームスタッフと一緒に美味しいお酒で乾杯します」